生い立ち
土木技師のジョン・クリストファー・デップと、ウェイトレスのベティ・スー・パーマーとの間に生まれる。4人兄妹の末っ子で9歳上の兄ダン、7つ違いの姉デビーと2つ違いの姉クリスティーがいる。

両親の離婚後、ミュージシャンを志し16才で高校を退学、各地を放浪する。この頃、バンド「The Kids」をリードギタリストとして率い、イギー・ポップの前座を務めたこともある(近年では、オアシスの曲やローリング・ストーンズアルバムにもギターで参加している)。尚、1995年にはバットホール・サーファーズのギビー・ヘインズと共に「P」というバンドを結成しCDも発売している。

キャリア
一時期デップと婚姻関係にあったロリ・アン・アリソンの元恋人だったニコラス・ケイジと出会い、彼の勧めで俳優に転身する。友人のオーディションについていった際にその監督から「君も出ないか?」と言われて、映画『エ ルム街の悪夢』でデビューし、数本の端役を経てTVシリーズ、『21ジャンプ・ストリート』に主演、一躍ティーンズのアイドルとなる。実はこの作品の出演 にはあまり乗り気ではなかったという。一度断ったがプロデューサーに説得され結局出演したが、元々テレビに出たくなかったため、やる気のない演技をしたり 小細工をしたという。デップ自身は、商品として自分が扱われることを好まず、その後『クライ・ベイビー』や『シザーハンズ』を初め、次々と個性的な作品に 主演しアウトローな役柄を好んで演じた。独特の作品選び・徹底した役作り・優れた演技力・容姿の美しさ等、デップを認める人間は少なからずいたが、1990年代半ば以降の出演作品は商業的にはさほど結果が出なかった。

1994年の『エド・ウッド』からティム・バートン作品によく出演している。

そんなデップが2003年、彼にとって異例とも言えるディズニーの娯楽超大作『パイレーツ・オブ・カリビアン/呪われた海賊たち』に出演。商業的にも大成功を収めたこの作品で、デップは独創的なキャラクター造形で海賊ジャック・スパロウを演じ、アカデミー主演男優賞に ノミネートされた。俳優としての爆発的な人気を得た上に、翌年の『ネバーランド』で同賞にノミネートされ、実力派として認められた。『パイレーツ~』に出 演したのは、自身の子供に勧められたからという。デップは子供を持った事で父親のイメージが出来て人気が上り、子供に勧められた作品で爆発的人気を得たこ とになる。

俳優業の傍ら1997年には『ブレイブ』で初めて監督を務めている。母方の出自からインディアンの問題に関心を持ち、(母方の曾祖母ミニーは純血のチェロキー族であり、父親もチェロキー族の血を引いている)この映画では、居留地で希望も無く暮らすインディアンの現実を、同じくインディアンと縁の深いマーロン・ブランドの共演で描いている。

私生活
先に挙げたアリソンの他、女優ジェニファー・グレイシェリリン・フェンウィノナ・ライダーや、スーパーモデルケイト・モスとも交際していた。ちなみにウィノナ・ライダーと交際中、腕に「ウィノナ・フォーエヴァー」と刺青を施したが、破局後「ワィノ・フォーエヴァー(アル中よ永遠に)」に修正。その後は恋人の名を刺青にしていない。

現在、パートナー(入籍はしていないが事実婚)であるヴァネッサ・パラディと、二人の子供リリー=ローズ・メロディ・デップ(1999年5月27日生)とジャック・ジョン・クリストファー・デップ・3世(2002年4月9日生)とともにフランスに住み、アメリカと南フランスの両方で生活をしている。